山名 | 標高 | 登山口の市町村名 | 行動日 |
---|---|---|---|
納古山 | 632.9 | 美濃加茂市 | 97.01.03 |
権現山 | 524.7 | 武儀町 | 97.01.05 |
天狗ヶ城 | 720.1 | 美山町 | 97.01.12 |
手掛岩山 | 909.3 | 東白川村 | 97.01.19 |
妙法ヶ岳 | 666.9 | 谷汲村 | 97.02.02 |
誕生山 | 501.7 | 美濃市 | 97.02.23 |
五蛇池山 | 1147.5 | 坂内村 | 97.05.11 |
小津権現山 | 1157.8 | 久瀬村 | 97.05.18 |
花房山 | 1189.5 | 久瀬村 | 97.06.01 |
屏風山 | 794.1 | 瑞浪市 | 97.08.17 |
蝿帽子嶺 | 1037.3 | 根尾村 | 97.08.31 |
西台山 | 949 | 谷汲村 | 97.11.24 |
美濃一人>山名録97
納古山 632.9m 1997年1月3日
東白川村の手掛岩山を目指してR41を走ると空模様があやしくなり、
左手の納古山は雪景色。白川口からR256に入ると、路肩に雪がある。
陰地から越原峠への道には雪があり、林道には積雪。
また、かなり降って来てとても先に進む気持ちになれず、入山する
気力も萎えて、Uターン。
帰路、上麻生から納古山へ行こうと思ったが雨が降ってきて断念。
所が、川辺まで来ると日がさして来たので、地蔵峠を越えて川浦へ。
納古橋を渡る手前を右折して200mくらいの所に車を置いて中継所を
目指す。ゲートまで20分、中継所まで25分。
地図がないのでとにかく東へ、所どころにテープはあるが雪で踏み跡が
見えないので不安。ガスの中、尾根をはずさないように慎重に進む。
岩尾根では滑りやすく大変。ガスが切れて視界が開けると見覚えの
ある尾根が南に見え一安心する。中継所から60分で山頂。
昨年と違い、山頂は僕一人。背後のガスにおびえて、早々に下山。
南尾根の道は分岐から先では不明瞭。林道出合は車止めより一つ手前の
谷に出た、40分。車まで10分。
天候が悪く、かなりハードな山歩きだった。
権現山 524.7m 武儀町 1997年1月5日
美濃加茂から県道63号⇒58号で50分、轡野林道分岐の手前の
資材置き場に車を置かせてもらう。林道が分岐する所から尾根に
取付くと何と「国土調査」の杭が10mくらいの間隔で並んでいる。
杭は尾根上に打ちこんであるが、踏み跡は巻いている所もある。
30分で踏み跡が分かれるが、登りの方にビニルテープが巻いてあり
「権現山→」となっていた。
炭焼き釜の跡が2つ現れるが、その上部の植林の中で踏み跡が
不明瞭になる。60分で主尾根に出た。30分で山頂に着く。
主尾根からは御岳・乗鞍が見えたが山頂からは何も見えない。
下山は峠道をさがして御殿山との尾根の合流点まで行ってしまった。
分岐は山頂から8分くらいの所にあった、谷に下りるマークの所から下る。
所所にある桟道は腐っていた。アカクズレの下を通って林道に出た。
山頂から40分で林道終点、10分でP。
登り道にあった杭は昨年11月に地籍調査の為に設置したとの事。
山頂から東側は昨年との事。
乙女滝・権現滝はアカクズレの下にあるそうだ。
天狗ヶ城 720.1m 美山町 1997年1月12日
岡のバス停を過ぎ、市井の集落に入ってみるが車を置ける所がない。
国道に戻り300mほど行くとグランドがあり、その道沿いに車を置く。
神社の急な石段を登り、拝殿であいさつをしてから左の山道に入る。
20分で八月からの道と出合い、2番目のホコラからは平坦な道になる。
Pから1時間で神崎への道と分かれる。左・植林、右・自然林との
間の急坂を行くと山頂。桧の中で展望がない。
主稜にもどりコブを三つ四つ越すと「松宇山」と書かれたプレートの
所に来たが、三角点がなく、通り過ぎる。
そこから5分西進したが下る一方なのでUターン。
三角点を探すと「松宇山」のプレートの下で発見。
尾根の積雪は20cmくらい。ロス時間を引いて2時間で山頂。
山頂からは木間越しに魚金山・雷、尾根からは舟伏・北山が見えた。
下山は八月の方に下ったが12分行った所で踏み跡が分からなく
なってUターン。だいたい90分で下山。
1月3日の積雪以来、入山者は僕一人、否、イノシシ三頭。
下見 大黒山 1997年1月12日
谷合小学校横から林道になる、約1kmで水道施設がある、
道は狭く車が置けそうな所もあるが、通行のじゃまになる。
学校の横に保育園があり、その駐車場に車を置き
校庭を横切るか。
手掛岩山 909.3m 東白川村 1997年1月19日
東白川村栃山より林道に入るが、雪があり500m行って車を置く。
林道の分岐まで10分、尾根の取付きまでさらに10分。
尾根をはずさないように登り、30分で左側が若い植林帯に出る。
そこから、山頂が望まれ20分で到着。
尾根に取付いて1時間。山頂からは御岳から恵那山までの展望はあるが、
北方向は西側にある岩の上から望まれるもののよく見えない。
下山は往路を下る所を、踏み跡は若い植林帯に沿って東に下っていた。
この踏み跡はきっと林道の終点に続いていると思う。
でも、元の道に戻って下山。
本日2座目の新巣山を目指すが雪があって、あきらめる。
1月3日の雪以来2人目の入山者となった。
妙法ヶ岳 666.9m 谷汲村 1997年2月2日
《登頂の記録へ》
関市から岐阜市・北方町を抜けて谷汲村へ。
村内で積雪はかなりあったらしい。
谷汲山の有料駐車場に車を置き、本堂へ向かう。
「本日、不幸に付き・・」とあり、境内は閑散としている。
本堂右より歩き出すが、すでに雪は30cm以上ある。
池を過ぎるとお堂があり、その前にオジサンがいて「雪が多く、あきらめた」との事。
雪のなかの足跡を何の疑いもなくついて行くと本堂から40分で鞍部に出る。
そして、林道と出合下って行く。谷の向きは東、変・変だ。
鞍部から10分の時点でUターン。足跡の主は岐礼に下ったらしい。
鞍部から15分戻った所に導標があった。これを見落としてしまった。
とにかく、奥の院を目指す。分岐から30分で奥の院に着くが12時に
なっていたので昼食をとり、すぐに山頂に向かう。でも、20mも行くと
とてもツボ足では進めなくなる。ヒザよりも深い雪を踏んで岩屋不動のお堂に
着くが、とても進めず山頂は断念する。
帰路、逆順になってしまうが三十三観音の石仏を拝みながら下山した。
誕生山 501.7m 美濃市 1997年2月23日
美濃GCのあいだの道を通ってJAのカントリータワーに車を置く。
道路の分岐までもどって、林道を北上する。終点まで10分。
谷沿いを行くと、尾根に出る手前で道があやしくなるが、すこしがんばると
踏み跡が出てきた。峠まで35分、少々の雪に足をとられながら20分で山頂。
山頂から北には木間越しに片知山から高賀三山、南は関・美濃・岐阜の町並みが
見え、東は伊吹から北のスカイラインがきれい。
下山は天王山とも思ったが、南尾根を下った。
朝8時に家を出て、帰宅は1時前、半日の山旅。
五蛇池山 1147.5m 坂内村 1997年5月11日
【アプローチ】
岐阜市長良川右岸堤防から県道78・155・168に入るが
道が狭く、国道157・303を走るほうが早そう。
大谷川沿いの林道の舗装が切れたあたりに駐車。カーブの所で落石があり、
4WDもここまで。林道終点まで60分、蕎麦粒山への分岐まで10分、
そこから15分で谷が分かれ右マタに入る。谷芯に踏み跡が無くなったり、
沢沿いにウソの踏み跡が現れたり、少し迷いながらも、二股に着く。
その間の尾根を行くと右マタ左岸の踏み跡にでる。
15分くらいでまた、谷が分かれ右に入る。
谷芯を登ると峠に出る。林道終点から1時間15分ほど。
シャクナゲの咲く尾根道を45分で山頂。山頂からは小津三山が見える。
南尾根から下山するつもりだったが、踏み跡が薄く、ヤブもひどいので
やめにした。往路を下ると峠でコソムギからきた夫婦連れに出会う。
下山は1時間25分+林道60分。ストックがあってよかった。
小津権現山 1157.8m 久瀬村 1997年5月18日
アプローチ:R248→長良川左岸堤防→R157→R303で
83km 行きは1時間45分 帰りは2時間20分
薬師堂の前に車を置き、神社右手の道を行き、小さな橋を渡ると、本の通りに
民家の庭に出る。その家の前を通って左手の茶畑の中を登ると登山口。
急坂を30分弱で林道の広場に出る。15分で共同アンテナ、55分で高屋山、
ここからはなだらか尾根道が続く。花の終わったシャクナゲの中を通り過ぎ、
ピークを1ツ越すと山頂60分。登り2時間40分
山頂からは花房、その向うに雷。
雷の山頂直下の林道は等高線にそって長く延びている。
西台山・塔の倉も手が届きそう。でも、坂内村の山は見えない。
伊吹も山頂からは見えない(登山道からは見えた)
下山:山頂−60分−高屋山−50分−林道広場−20分−薬師堂
下山後、神社に参り、かの有名な神主のお話を桑名の夫婦と一緒に聞く。
踏み跡はしっかりあり、予想外だった。
帰路、モレ谷林道のゲートまで入ってみたが、車が一台停めてあった。
花房山 1189.5m 久瀬村 1997年6月1日
小津からモレ谷林道に入る。ゲートの前には1台車があり、スペースがないので、
チェーンを下ろして林道に入る。
(下見の時カギが無く、今日もカギが掛けてなかったので)
小さな落石のある道をモレ谷の出合まで行き、谷から少し戻って車を置く。
モレ谷谷芯から左岸160mの所に踏み跡がある。
少し歩くと右手の斜面に上がる道と谷沿いの道に分かれる。右に行く。
足場の悪い急坂を登る。すべってムコウズネをうった。尾根に乗るとすぐに
林道を横切る。また、急斜面、植林帯を抜け自然林の中、また急斜面。
村境尾根に出て、少し平らになるが、また急斜面でポンと山頂に出る。
展望は西から北西以外は完全。冠と天狗は木間越し。
【P→10分→谷とわかれる→10分→林道→40分→林道→25分
植林帯終わる→50分→山頂】
登山道の植林は上に行くほど新しく、さいごの所は昨年と思う。
下りで3人のパーティーに出会う(例の車の人たち)。登り口が分からず
林道を歩いてきたと言う、ウソー、大変だ。
白山神社の社主のおじいさんにご挨拶して帰る。
屏風山 794.1m 瑞浪市 1997年8月17日
仲ヶ平の集落の北400mの所に駐車。畑から山道に入るとクモの巣がいっぱい。
登山口から30分で鉄塔に出る。750mのピークまで20分、山頂手前の「ささヶ平」
への分岐まで20分。この地点から山頂までは100m。
山頂に向かわずささヶ平に向かうが、何と南ではなく北に向いている。
10分で「ささヶ平」と「二又入口」の分岐、クイの文字は「釜戸財産区」
分かった、この道は北側の林道に下りているのだ。
しかたなく、650m付近のピークで休憩、そして分岐から30分歩いたくらいの
所で尾根を離れ左折して、谷に下りる。
15分で「二又入口」、そこは神徳三の洞林道の終点、陶土の作業場の廃屋が残り、
不気味、10分で指導標のある常盤口に着いた。一番奥の民家で道を聞いて歩き出す。
痛い、右足の小指が痛い、いたい、25分でP。
山歩きをして10年、初めてクツズレになった。なぜだか分からない。
「ささヶ平」と屏風山の南西の集落の笹平とは全く別の所、
まがらわしい地名がほんの近くにあった。
蝿帽子嶺(又は、這法師嶺) 1037.3m 根尾村 1997年8月31日
アプローチ
行きは伊自良村・能郷を通って大河原まで2時間91.6km、
帰りは倉見渓谷を通りたくないので、越波から上大須に抜けた。
黒津から越田土まで30分以上かかった。
史跡の標識は、その付近で行われている工事のカンバンの影になっていた。
河原は「ミズノ」の4WDとバイクのコースになっていて、荒れている。
広場に車を置き、スニーカをはいて山靴を首にさげて、渡渉点をさがす。
尾根の末端に行くには本流を渡り、中洲に上がり、コワタビ谷川と本流の分流が
合流している所を渡らなければならなかった。
水深は30cmくらいだったが、川幅は10m以上もあった。
はじめての渡渉は無事にクリアーした。
尾根の末端には「乳授かり地蔵」が祭ってあったが地蔵には見えない。
如来ではないだろうか。直登して10分で立派な道に出る。
駐車地点から3時間で突然、石仏が現れる。ギョーとした。
何と、峠まで来てしまっていた。
「涸れ谷に入る」所を通り過ぎてしまったらしい。
峠道を戻ったとしても山頂に向かう「涸谷」が分かるとも思えず、
しかたなく、国境尾根を行くことにする。所が尾根が向きを変える所で
方向を失ってしまう。少し戻って方角を確認する。
前方の稜線を見ると高い所がある。それを目指して前進する。
ひどいヤブで帽子はとび、タオルは落ちる。
大きい山でのルートファインデングは心細い。
峠から40分で「涸谷」からの踏み跡が上がってくる。そして5分で山頂。
山頂からは能郷白山がすぐそこに、大白木山もすぐそこにある。
でも、北方向は木立がじゃまをして展望がない。
下山は涸谷ルートと思われる踏み跡を行くが、ずーと尾根で960mあたりで
峠道と合流する。
下山1時間30分で本来の峠道と尾根上の踏み跡の分岐に着く。
そこを峠道の方に行く。ありました、ヤター「ほほずり地蔵」でも・・・
これはどう見ても観音様です。
河原に下りる。川幅は5m位なのだが、流れが速く、深そうなので
登り返して、朝の渡渉点に戻る。
下山は1時間45分、寄り道の分は20分。
3体の石仏に守られた、原生林と歴史の道、いい山だった。
谷汲山 奥の院 1997年11月10日
西台山 949m 1997年11月24日 谷汲村
横蔵寺からのりこし峠までは8km30分
長い林道を走ってのりこし峠に着く。導標に従って入山。
少し行くと右に踏み跡があり、それを歩くと、植林帯に出る。
直登して第一のピークに立つ。そこから、尾根を行くが第二のピークを
越したあたりで尾根が広がり、少し迷う。しかし、テープが付けてある。
まぁ良いか。第4か5のピークを越えて、尾根が北に向くあたりから
峠が見え、車も見える。そして1時間で山頂。
山頂丘は疎林でどこでも歩けて気分がいい。但し、展望は全くなく
木間越しにタンポが見えるだけ。
下山の途中、第4のピーク(856m)は大変展望がいい。また尾根が東西の所からは
高尾山・魚金山が見え、妙法は逆光の中にあった。
峠の広場の東屋に行って見ると「岳友タンネの会」の黄色い板に高尾山・魚金山の
文字があった。峠から尾根通しに切開きがあるらしい。
次回のたのしみにしよう。めずらしい自然林の疎林だった。
美濃一人>山名録97