黒津山

黒津山 1193.5m 揖斐川町(旧藤橋村) 2006年3月25日 地形図「横山

ルート地図

【登り:50分で敗退】

昨年の3月7日に旧坂内村役場の裏から尾根に

取付き山頂を目指したが新雪に阻まれ2時間半

で半分も進めずに断念している。

今年は親谷左岸の林道を行き、谷を渡った辺り

から尾根の取付こうと考えた。

だが前夜になると、今期最後の残雪期の山歩き

になるかも知れないので、土蔵にしようか、

井出の小路にしようか、ミノマタは、などといろいろ考えたがやはり黒津山に決めた。

《親谷林道・登山口まで》

自宅を6時に出て、三橋の交差点を7時10分に通過した。春日井からだと1時間で来られた

に同じ岐阜県の多治見市からの方が遠くなってしまった。それでも2時間で親谷の入口に着く。

親谷林道入口

 何と雪は無く除雪してある。しかし300m位

 行くとカーブの向こうにはショベルカーが停めて

 あり作業員が2人話をしていた。右の広場には停

 めさせてくれそうにもないので、谷側の雪のある

 広場に下りたが、雪が深く停めるのをあきらめ道

 に戻ろうとしたがスリップして出られなくなって

 しまった。雪のない路肩すれすれにタイヤを乗せ

てどうにか脱出できた。しかし、緊張したせいか腰に違和感を感じる。林道の入口に車を停め、

様子を見ると大丈夫そうなので身支度をして、いざ出発。

《親谷林道》

歩いて行くと500m先のあまご・いわなの養殖施設の辺りで除雪作業をしていた。親方に「落

石が有るから、なるべく谷側を歩きなさい」と言われ、お礼を言って通してもらった。

路面には残雪が有るが、わりと楽に歩ける。しかし、雪崩が路面を越えて谷に落ち込んでいる所

が多くなり、そんな感じの所が100m程も続いている。どうにか越える事が出来たが、考え込

んでしまった。更に前進すると、また雪崩の跡が続いている。これを幾度か繰り返し、ついに撤

退を決めた。なんと言っても、林道は谷底から2〜30mの所に付けられていて滑って落ちれば

ただでは済まない。名誉ある撤退にはならないが命には代えられない。50分歩いたが最終地点

は特定できない。地形を見る余裕がなかったので大きな谷の合流点を越えていたのかも分からな

いが、とにかく橋まではかなりの距離が残っていただろう。

 雪崩の跡  雪崩の跡

幾つかの雪崩の跡を横切りようやく除雪された所まで戻ると、左足が筋肉痛になっていた。

《さて》

車に戻り靴を履き替えると10時になっている。今からでも行ける山を考えたがすでに遅すぎ

る。もし山頂まで行けても下山時には雪は腐っているだろう、と思うと横山ダムを渡る気には

なれなかった。しかたなく国道を南下して揖斐川町に何とか言う山があったので行ってみる事に

した。しかし、この山(城山)は車で山頂まで行けてしまう。山頂広場でムネ山を見ながら山用

のおにぎりを食べた。「谷汲」の地図を持って来ていれば、大茂山へいこうという気になったか

も知れないのに残念だ。

《教訓》

考えてみると、豪雪地域の除雪前の林道を歩いた事がなかった事に気が付いた。ミノマタの西前

の谷・鏡山の原谷・上谷山の上谷、いずれも残雪期の歩行は困難と思ったほうが無難のようだ。

しかし、裏木曽の三国山の鞍掛林道は歩けたのだから井出の小路谷や高樽谷の林道は行けるだ

う。来週末は今期最後の残雪期の山歩きで土蔵へ行こうと考えていると、今日(26日)の朝刊

に土蔵岳で24日に遭難者が出ていると書いてあった。こころせねば・・・

(27日の朝刊によれば滋賀県側の土倉谷で亡くなっているのが発見されたとあった。  合掌  )



美濃一人山名録06黒津山