七宗権現考

七宗権現 呼び名 絵図では 現在名
中の権現山 ナカノゴンゲンヤマ 笹ガタワ火防 笹ヶタワ 橋谷権現
御手洗山 ミタラシヤマ 丸山 権現
細洞山 ホソホラヤマ 室兼高ヤ 高屋
白川山 シラカワヤマ 大畑山 点名熊の島
大槻山 オオツキヤマ 大槻山 大月権現
水晶山 スイショウヤマ 水晶山
金ヶ嶽 カネガタケ 釜ヶ岳


時代によって祭られた場所は変わったと言われている。しかし何れの山にしろ、すでに忘れられた神さまであり、今に伝わる山名に頼るしかないと思い、上の表の山名とする。


水晶山大槻山は現在もその名の山があり、大槻山には大月権現が現存している以上、この2山はそれぞれ水晶山と大槻山と推測される。


七宗町道の駅付近から北北東を見ると岩肌の見える山が二つ見える。近いほうはシャレ山、遠い山は
点名高屋(確認した山名は高屋)であり、七宗御留山境界絵図(以下絵図)によれば「室兼高ヤ」である。
この2山のどちらにも神が宿っているように見える。

また、七宗国有林(以下国有林)内には細洞林道があり、その付近に細洞を探すと絵図には「ホソ洞」があり、室兼高ヤに源があるように描かれている。(下図参照、絵図には他に細洞はない)
とすれば、細洞山は室兼高ヤ(点名高屋)が有力候補となろう。

また、祠がある長尾は森林管理局の地図では権現である。この付近に絵図では「ミタラシ」という谷があり(下図参照)、森林管理局の地図にもヒゲスリ谷と佐口谷の間に「御手洗」がある。
とすれば、御手洗山は丸山(権現)となろう。


絵図の御留山境界付近 
          絵図の御留山境界付近                             絵図の解説

以上4山までは、かなり確度が高いと思っている。
残る3山は確証がなく、ほとんど推測となってしまう。

白川山については。

この付近で白川と言えば現白川町。七宗山の中で白川町側に頂がある山を探せば大畑山(点名熊の島)と点名清水がある。
ならば、どちらを採るか。やはり絵図の七宗高山七座の大畑山に軍配があがる。白川口辺りから見る山容からしてもやはり大畑山としたい。

さて、金ヶ岳となるが、これを現在の釜ヶ岳と推測できるか。

”kamagateke”と”kanegatake”。母音も子音も共に変化したことになり、かなり強引な感は否めない。
仮に、金ヶ岳のを釜ヶ岳とすると、残る中の権現は現在も祠が祭られている橋谷権現の笹ガタワ火防となる。( 山名としての笹ヶタワはWEB上での通称 )

しかし、中の権現が笹ヶタワとする根拠は全く見付からない。
逆に、笹ヶタワ(橋谷権現)が金ヶ岳とすると、笹ヶタワから点名清水に続く尾根が飛騨川に落ちる所に「下金」の集落があり、「金」の一文字ながら、なにやら関連がありそう・・・・・?

では、中の権現は??


現代に語り継がれた七宗権現、なのに誰にも場所が分からない七宗権現。さてさて・・・


《後記》

あくまで推測の域を出ない。
今後もこのHPが続く限り、訂正・加筆は継続したい。

                                                   2009年9月19日


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